Irrational Universe

この素晴しく不条理な宇宙について

Month: 9月 2014

近況報告という感じのもの

## OSのビルド

私はあまり近況報告という感じのものをブログでは書かない
んですが、なぜ1週間も投稿しなかったのか、ということに
ついて書いておきます。

結論から言うとネットブックのOSの入れ直しをしていたのでした。

それにそんなに時間が掛かるの? というところですが、
Gentoo GNU/Linuxの派生ディストリビューションのFuntoo GNU/Linuxを
選んだからです。Gentoo GNU/Linuxといえば、ソースコードから
コンパイルするディストリビューションです。これについても
別記事で書きたいと思っていますが、コンパイルすることで
単純にパフォーマンスが上がります。パフォーマンスが上がるのは
いいんですが、ネットブックなのです。CPUがIntel Atomなのです。
OSをビルドしてFirefox、Thunderbird、Emacsを入れるのに3日
掛かりました。夜も放置してコンパイルして3日くらいです。

ほかにもGIMPやInkscapeだのコンパイルに時間の掛かりそうな
画像系のソフトウェアや、あっ、オフィススイートのLibreOffice
が莫大にコンパイル時間が掛かるそうです。これらをまだインストール
していません。結構時間が掛かるだろうな〜。

経験ではGoogle Chrome
のオープンソース版のChromiumが、まだ? っていうほどコンパイル
に時間が掛かります。これはもう
ネットブックに導入するつもりはありません。

諸般の事情で、ネットブックしかパソコンを持っていないので、
OSをビルドしてFirefoxとEmacsを動かすまではブログも書けなかった
という訳です。

## 勤労の喜び

アルバイトを探すのも実はなかなか大変で、私は体力がないので、
蹴られることも多いです。あと警備員の仕事って法律で精神病だと
なれないと決まっているってご存知でしたか?
私は応募して初めて知りました。
ということは老後は警備員はできないので、
清掃員しか選択肢はないかな。

プログラマの派遣のお仕事がなかなか来ないので、
OSをビルドしているネットブックを放置して、新しいアルバイト
紹介会社に登録したりしていました。もちろん行って
帰って来てもビルドが終っている訳はない。

そんなこんなで、昨日、3年か4年ぶりくらいにアルバイトですが
仕事をしてきました。やってみて、なんとなく悟るところがありました。
まあ秘密保持というほどのこともないですが、どの程度
書いていいのかわからないので、詳細は差し控えます。が、
よい経験でした。勤労の喜びもありました。

今日と明日も、昨日とは別のアルバイトに行ってきます。
いろいろな経験ができるのは楽しいことです。

あとは安定したアルバイトに
就ける方がいいのかな、ということです。仕事自体は嫌では
ないんですが(まだね)、単発の仕事はもらうのが難しく、また
面倒くさいのです。

そしてなんか派遣社員のプログラマになるのもどんなもんかな、と
思うようになってきました。コンピュータに関係のない
アルバイトをしながら、家ではOSをビルドしていたほうが
いいかもしれない。

まあ年を取ったら正社員になりたくなるのかもしれません。
ただ今のところは目先のお金でございます。

## 付記

大阪にいる必然性がまた一つなくなりました。

ちなみに今週のできごとでしたが、SFC卒で、というより
慶應卒(塾員といいます)で、よいことがありました。
よい、というか扱いが変わってきたのですね。

関西では慶應は立命館に劣る扱いだったので、
珍しいことです。

そしてその人にもお金ができたら関東に帰りなさいと
言われました。

ふむむ。私は大阪、結構好きなんですけどね。
それに関東に帰るよりは、上海か香港かバンコクに行きたい
ですけどね。まあ上海と香港は、今後中国が崩壊して、
どうなるかわからないので、将来を託すには危険すぎると思います。
そしてメリットもはっきりしない。でも行ってみたいな。
仕事で行ければ一番いいですが、お金ができれば2年くらい
留学してきたいです。

フェルマーの原理

## 光は最小時間の経路を通る

フェルマーの原理というのがあります。光は最小時間の経路を
通るというものです。私はとくにこれに疑問を持ちませんでした。

私は大学受験で浪人して東進ハイスクール藤沢校というところに
通いました。そこですごい数学の先生に出会いました。水谷一先生
です。天才性は山本矩一郎先生にはちょっと劣りますが、頭の
回転の速さはすごいものがありました。水谷一先生は論文がちょっとだけ
遅れたので、賞を逃したとのことでした。それで予備校の先生なんか
やっているということでした。

ちなみに水谷一先生は私の顔を知っている
唯一の予備校の先生です。卒業後、戸塚で偶然すれ違った時、
にこにこして手を振ってくれました。嬉しかったです。

それはそれとして。

水谷一先生が授業中言ったことで

> 「私は物理が信用できない。光が最小時間の経路を通るなんて
どうしてわかるんだろう」

というのがずっと気になっていました。これはフェルマーの原理、
というんだそうですね。

坂間師に言わせれば「原理」というものは「仮定」である。ただし、
よく検証された仮定であり、これを認めることで現象をうまく説明
することができるから「原理」としているものである。もしそれが
説明できるのならばそれは「定理」となる。とでも仰られるように
思います。

つまり「原理」はフィクションなのです。でも「原理」を認める
ことで現象をうまく説明できて、辻褄があって、建物を建てたり
できるので、フィクションとせず「原理」というのです。

さて、ここから頭がおかしい理論タイムです。

光が最小時間の経路を通るのは、光よりも速い通信手段があるから
です。最もコストの小さい経路を通るのだと思います。ただ通ってみて
決めるのではなく、事前に速い通信手段を利用して、経路を決定
するのです。

つまりビットの世界(メタ宇宙)を仮定すれば、フェルマーの原理は
当然になるのです。(当然、というのは強引ですけれどもね。)

「懐しい」と「久しぶり」

## 似ているようで違いますよね

昔の友だちや同僚との再会。

– 「懐しい〜」
– 「久しぶり〜」

同じようで違いますよね。「懐しい」はその人の記憶から
なくなっちゃったものと出会ったときに言うことだと思います。

「久しぶり」はその人の記憶にあって、そしてその人の消息は
知らなくても、またその人と昔と変わらずに同じ関係でいられる
ような状態ですね。

私は「久しぶり」派です。たとえ10年会ってなくて、連絡を
取っていなくても、その人が記憶にあれば、また以前に会った
時からの続きのように話をすることができる、と思います。

最近は記憶になくても「久しぶり」と言ったりしますが。

まあこの「久しぶり」感が好きなんですよね。たまたま知り合った
というだけの関係でも、その人はその人で日々変化している訳です。
いろいろな事情で会えなくても、それはその人を忘れたいと
思っているのではなくて、地球のどこかで、同じように
年を取りながら生きているのでしょうから、また偶然会うことが
あるでしょう。

会ったら「久しぶり〜」で始めつつ、まだ生きていることを
喜びつつ、昔と変わらずその後の変化を話したりするのが楽しい
ところです。

ところで死んでしまった人には「久しぶり〜」と言うのでしょうか。
死ぬということはこの世界から早めに退場してしまったということ
ですから、遺体と対面したときには「久しぶり。でも死んじゃったね」
ということになるのかもしれません。でも風の噂で聞いたときには
「懐しい〜。でも死んじゃったね」ということになるのかもしれません。
この辺がちょっと矛盾しているところです。

「懐しい」というのは押入の隅から子供のころ遊んでいた
人形が出てきた時に使うのが適しているように思います。

なぜ私はWindowsを使わないか(4)

## NTFS

現在のWindowsではレジストリを使って、アプリケーションの
設定などを記録、取得しています。そして、ファイルシステムは
NTFSです。

NTFSは以前のFAT32と比べれば非常によいファイルシステムだと
思います。実際にNTFSに非常に高い評価を付けている人もいます。

でも私はNTFSはFAT、FAT32以外のファイルシステムと比べると、
それほどよいファイルシステムだと思いません。
確かにアクセス管理などでいろいろ機能が付いているのはわかります。
でも遅いと思いますし、デフラグが必要です。キャッシュが
付いているのかわかりませんが、レジストリをキャッシュに
置けばそれなりにスピードが上がる、あるいは遅くならない
のではないかと思います。

## いろいろなファイルシステム

Linuxではいろいろなファイルシステムが使えます。ext4、JFS、XFS、
ZFSなどです。

ext4は設計が古いと言われますが、ジャーナリング機能を備えて
おり、ファイルシステムの整合性のチェックは高速です。また
ファイルの断片化が起きにくく、デフラグは基本的に不要です。

ZFSは強靭なファイルシステムであり、また高速です。キャッシュを
最大限に利用して、メモリは残り1GBを残してキャッシュに使って
いるようです(あくまでも自分の環境での推測です)。いきなり
電源を切っても、ファイルシステムの整合性は保たれるそうです。
また、ファイルのコピーではコピーしたふりをして、
どちらかに変更があった場合に
実際のコピーをするなどして、効率化しているようです。

私はこの2つしか実際に使ったことはないのですが、それ以外にも
XFS、JFS、Btrfs、ReiserFS、NILFSなどいろいろと特長のある
ファイルシステムが選べます。

## 翻ってWindowsでは

翻ってWindowsではNTFSしか選べません。機能的には他のファイル
システムに劣るものではないのでしょうが、私はZFSが使いたい
のです。ZFSにしてパフォーマンスに違いが出るか調べたいのです。
でも使うことはできません。この選択肢のなさについて、
私は不満を感じるのです。

何年も前からマイクロソフトではWinFSという次世代の
ファイルシステムを開発
しているのですが、実用化されていません。理由は不明です。
機能が多すぎるのか、パフォーマンスが出ないのか、いろいろ
考えられますね。

## 付言

Linux上で動作する仮想マシンでWindows7を使っていたのですが、
これはあまり
遅くなることはありませんでした。単に使う頻度が少なかった
だけなのか、それともNTFSがext4の上で動作した場合、
ext4のディスクアクセスの効率がよくて遅くならなかったのか、
どっちなんでしょうね。

昭和の語彙(3) 瞬間湯沸かし器

## 単になくなったわけではない

今「瞬間湯沸かし器」というのはほとんどなくなりました。
自動給湯器になったからです。

とはいっても少し懐しくはあります。自動給湯器ではお湯が出るまでに
少し時間がかかりますが、瞬間湯沸かし器ではすぐにお湯が出たからです。

ただ瞬間湯沸かし器はあくまでも洗い物など少量の水を沸かすのに
適しているだけです。シャワーにはちょっと水量が足りないし、
これでお風呂にお湯を張るのは効率が悪いです。そこは自動給湯器の
ほうがいいでしょう。

単に機械がなくなったから当然その言葉が使われなくなった
のですが、昭和では「瞬間湯沸かし器」という言葉にもう一つの
意味がありました。そしてやっとその意味での使われ方も
消えようとしています。

## もう一つの意味とは

ご存知の方も多いかと思いますが、「瞬間湯沸かし器」とは「すぐに
カッとなって怒る人」のことを指しました。瞬間湯沸かし器は
水をすぐにお湯にするからです。

> 「部長に怒られたよ」「部長は瞬間湯沸かし器だからね」

のように使われました。この用法は若い人には通じないでしょう。
瞬間湯沸かし器自体を知らないのですから。勘のいい子なら「瞬間」という
言葉にピンと来て相槌を打ってくれるかもしれませんが。

## もうそろそろ

もうそろそろ「瞬間湯沸かし器」という言葉で「すぐ怒る人」を
指す用法はなくなっているでしょう。

故山本矩一郎先生は著書の中で「瞬間部分積分法」を解説していました。
この「瞬間」というのが「瞬間湯沸かし器」から来ているもので、
現在では「自動給湯器」のことです、と付記していました。
いかにも山本先生らしいと思います。ちなみに1989年ごろの話です。

## 何でも死語と分類するのは簡単ですが

使われなくなった言葉を「死語」と言ってしまうのは簡単ですが、
意外にも生きのびているものにも気付かなければなりません。

たとえば「ポンチ絵」。これは「概念図」のことだと思います。
仕事で文書を作成したところに

> ここにポンチ絵を入れて下さい。

と言われたことが何度もあります。明治か! と思いますが。

また「バタンキュー」も、モーニング娘。’14のセンター
[鞘師里保(16)のブログ](http://ameblo.jp/morningmusume-9ki/entry-11920714220.html)に出現していることも確認されて
います。私(43)だって使わないのに。

つまり「ポンチ絵」も「バタンキュー」もまだ昭和の語彙では
ないのです。不思議ですね。

会社勤めによる人格の陶冶

## 会社勤めのメリットとは…

会社に勤めることによっていろいろメリットがあります。

– お給料やボーナスがもらえる
– スキルが身につく
– 福利厚生が利用できる
– 信用されるようになる

などなど。

私にとって以上のような面もよいことでしたが、一番大きいのは
「人格の陶冶」だと思うようになりました。

## いわゆる丸くなった訳ですが…

昔は「飽きっぽく」「途中で投げ出す」「あきらめる」性格でした。
また感情に流されやすい面もあり、気分屋で、物事を深く考えることも
できませんでした。

会社勤めを続けることによって

– 仕事はいつかは終わる (終わらせられることもある)
– 仕事をうまく行かせるためには、うまく行かせるように手を打つ (今後起きることをできる限り予測する)
– 人付き合いで感情的になってもよいことはない
– 嫌いな仕事でもとりあえずベストを尽くす
– ベストを尽した上で、評価が悪いこともあるが気にしない
– 人に責任を問うのではなく、悪い状況を打開することに力を注ぐ

などなどが身についたと思います。

これらを通じて「人格が陶冶された」と思っています。
私生活でも粘り強くなったと思いますし、嫌なことでも
とりあえずやるようにしています。

病気で仕事を投げ出したじゃないか、という人がいると
思いますが、あれは休職の診断書が出ると即座に病休になる制度
だからです。

まあこの話は別途するかもしれません。

## それ以外にも

それ以外にも、仕事上のスキルを私生活に生かすことで、
生活を快適にすることができているように思います。

– メモには日付と題名を入れる
– 名刺には日付を入れる
– Todoリストを活用する
– やることの順番を事前に考えてから行動する

などなど。

仕事は仕事、私生活は私生活とはっきり分ける人も
います。労働や休養の肉体的・精神的な部分に
ついては正しいと思います。

でも仕事でやって(うまく行って)いる方法を私生活にも生かさない
のはちょっともったいないと思います。

昭和の語彙(2) せんべい屋

私が生まれ育った戸塚(横浜市)というところは東海道
五十三次に出てくる宿場町です。知名度もなく、
田舎ではあるのですが、近年箱根駅伝の中継所として
知られるようになりました。

戸塚は古くからの商店が多く、いろいろな個人商店がありました。
もちろん銭湯はあるし、質屋もある、果物屋もありました。
その中に「せんべい屋」がありました。

せんべい屋というのはもちろん「せんべい」を売っている
お店なのですが、そこのせんべい屋のせんべいはおいしかったです。
品川(海苔を巻いたあられ)や名前はわからないけど、
ごまの入ったあられが私の好みでした。

どうしておいしいかというと、「水分が少なく、軟らかくない」からです。
今は亀田製菓や三幸製菓の寡占状態となっているせんべい、
あれはあれで悪くはないのですが、どうも水っぽい。ふやけた感じです。
やっぱりせんべい屋のせんべいに勝るものではありません。

近頃せんべい屋を見ないので、天神橋筋六丁目商店街に行ったときに
調べてみました。半分ほど歩いたのですが、せんべい屋が見つから
ない。お茶屋はあるんですけどね。

ということで「せんべい屋」というのは昭和の語彙になって
しまったようです。

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