Irrational Universe

この素晴しく不条理な宇宙について

Month: 7月 2014 (page 1 of 2)

昭和の語彙(0)

1970年以降生まれは「欠乏のない世代」である、ということを
最初書こうと思っていました。

## 欠乏のない世代

つまり今あるものは既にあった世代である、ということです。

かっぱえびせんはあったし、サランラップもあった。
100円ライターもあったし、テレビはカラーだし、テレビ番組も
大体あった。電話も各家庭にあったし、宅急便の誕生も目にした。
道路は大抵舗装されていたし、自家用車を保有している家も
多かった。銀行のATMだってあったし、ゴミは自分で燃やすことは
禁じられて、現在のように回収されるようになった。まあ、現在の
ように分別することはありませんでしたが。

なかったものはインターネットくらいのものです。携帯電話は
ありませんでしたが、自動車電話はありました。

## 実はなくなったものも多い

と思っていたのですが、なくなったものも多いということにも
気が付きました。

この「昭和の語彙」ではそういう事物や言い回しについて書いて
いきたいと思います。

ちなみにこの「昭和の語彙」というのは山本夏彦の「明治の語彙」を
意識していますが、内容は全く別物になることでしょう。

喫煙の害について(2)

## 喫煙は違法ではない

今のところ日本では喫煙は違法ではありません。
したがって喫煙をするかどうかは自由です。
しかし、煙などの環境被害が大きいため、喫煙は制限されます。

## 喫煙反対派について

喫煙反対派についても2種類の方がおられるように思います。

1. 喫煙自体をなくそうとする人
2. 喫煙を制限しようとする人

私は2.については賛成ですが、1.については賛成しかねます。

## 喫煙の自由

私は喫煙は自由である、ということがまず重要だと考えます。
また、それについては大きな制限を加えることにも同意します。
今の制限よりも厳しい制限を加えても構いません。しかしながら、
それでも喫煙の自由は依然としてある、と思います。

## 路上喫煙について

路上喫煙は危険、迷惑などの理由で、禁止されています。
繁華街で歩きながら喫煙するのは迷惑で危険です。

でも近所の道路の誰も歩いていないところで喫煙することが、
それほどとがめられることなのか疑問です。

私は路上喫煙については一律に禁止することの根拠はないと
思っています。したがって迷惑でないところで喫煙することが
あります。

## 吸殻のポイ捨て

吸殻のポイ捨てについては厳罰に処するべきでしょう。
ゴミをそこら中に捨てることは環境保全の意味からも
間違っています。

意外と主婦業に向いているかも

主婦がやるようなことを毎日やっていて、自分が意外と主婦業に向いて
いるのかな、と思うようになりました。

たとえば、自分の買い物はメモを作って持っていかないと忘れるのに、
晩ご飯のお使いでは特にメモを持っていかなくても、あ、と思い出して
忘れずに買うことができます。

洗濯は洗濯機がやってくれるし、干すのと取り込むのが面倒なだけ
です。面倒と言っても大したことはないし、毎日洗濯すれば、
量も知れています。最近は天気がいいので助かっています。
ただアイロン掛けだけは苦手なのでやりません。

食器の洗い物も思ったほどないし、保育園の送り迎えも慣れました。
保育園は着るものをたくさん用意しないといけないし、
持っていくものが細々と多いのですが、それもなんとか
できています。

ご飯は炊飯器が炊いてくれるし、お湯は電気ポットが沸かして
くれます。

## 一番の欠点

一番の欠点は私は料理ができないんですね。だから朝は
パンにチョコレートクリームを塗ったもの、昼は残り物、
夜はご飯を炊いて、お惣菜を買って、インスタント味噌汁です。

ご飯と味噌汁で必須アミノ酸の大部分は摂れるので、
まあ大丈夫だろうと思っています。

子供たちがお菓子ばかり食べて、食事をあまり食べてくれないことと、
野菜が少ないのが悩みです。

## 主婦業に必要なもの

主婦業に必要なものはたくさんありますね。

たとえば食器を洗いながら、界面活性剤は油汚れに効きますが、
それ以外は石鹸による鹸化の方がいいのではないか、とか、
洗濯物を干すときは左右が均等になるように考えて干します。
丈のあるものがある場合はそちら側が上がるようにします。

その他にも家計簿を付ける時は複式簿記の初歩の考えが必要
ですし、これからは家庭内のネットワーク環境についての
知識も必要です。

投資をするほどお金があれば、経済状況についても知って
おかなければなりません。海外投資はそれ以上に諸国の知識が
必要です。

つまり、化学、物理、簿記、IT、経済学、地理などについて知っている必要があるわけです。

主婦になろうとしてる人は学校の授業をさぼってはいけませんね。

## 料理以外は

ということで、料理以外はなんとかなっている状況です。

料理は慣れですかね。ただ材料の使い回しが私には難しいので、
お惣菜を買ってお茶を濁しています。

会社で長く働くのではなくて、すぐに寿退社して、専業主夫に
なった方が幸せだったかもしれません。

喫煙の害について(1)

たばこというものはおいしいですね。私も毎日吸っています。
ということで喫煙について書いていきます。

## 新型うつ病について

めちゃくちゃいい加減な仮説ですが、いわゆる「新型うつ病」という
のは禁煙と関係があるのではないか、ということです。

実際に主治医によるとチャンピックスという禁煙できる薬を
服用した人がうつ病になってしまうことがあったとのことです。

これを以って新型うつ病の根拠とするわけにはいきませんが、
実例があるのはおもしろいことです。

## ノルアドレナリン不足

喫煙はノルアドレナリンを増やします。このノルアドレナリンは
「やる気」に関わるホルモンで、不足するとやる気がなくなります。

ということで社会全体における禁煙傾向が新型うつ病を生み出して
いるのではないかと思います。

## カフェイン

カフェインもノルアドレナリンを増やします。「やる気」が
出るわけですね。

昨今のコンビニコーヒーの隆盛は禁煙によるノルアドレナリンの
減少を補っているのかもしれません。

## たばことコーヒーの口臭

たばことコーヒーの口臭は、非喫煙者からはうんこくさいそうです。

にも関わらず、他社との打ち合わせの前にたばこを吸って
コーヒーを飲んでから臨む人々は「やる気」を増強して
いるのかもしれません。

怒ると叱る

## 俗に言われているように

俗に言われているように、子供には「怒る」のではなく「叱る」の
が正しいと私も思います。

「怒る」というのは自分の感情をぶつけることであって、
「叱る」というのは子供の行動などの間違いを正すことです。

私は甥姪にちゃんとした人間になってほしいので、
日々叱っています。

じゃあうまく叱れているかというと、たまには感情を
ぶつけて怒っているときもあります。でも大概は
叱ることができていると思います。

外から帰ったら石鹸で手を洗う、危いところ(交差点など)でふざけない、
ゴミはゴミ箱へなどなど。これらができていなかったことは
恥しいと思いますが、日々叱っていかなくてはいけません。

## 子供たちの反応

私に叱られた時に、甥姪は「ごめんなさい」と言います。
これが違うと思うのです。私は叱られた内容を理解して、
自分からやったり、二度としなければよいので、
「ごめんなさい」と言ってほしいのではありません。

これも恥しいことですが、今まで甥姪は怒られ続けて、
「ごめんなさい」と言って親の許しを得ていたのだと
思います。

甥姪が「ごめんなさい」と言った時は、いやそんなことを
言う必要はない、二度としなければいいと言います。
私が怒っているわけではないことを理解してもらいたいのです。

## でも勉強に関しては

でも勉強に関しては甥は「厳しい」と言います。
甥は書き順が滅茶苦茶だったり、音読がうまくできなかったりで
私がそれを容赦なく指摘するので厳しく感じるのでしょう。

これも「叱る」の一環のつもりですが、プログラマとしての
悪い癖の一つだとも思います。私は基礎ができていないとよくないと
思いますが、成長に合わせて叱り方を変えていかなくては
ならないのかなと思います。

子供の扱い

## 停電

いろいろな事情があって、妹の家で私が甥と姪の面倒を見ています。
妹がいませんので、食事や保育園に連れていったりなどなど。

そこで一番困ったのが停電でした。もちろん妹の家の電気代の未納。

最初は本当に困りました。懐中電灯を点けて食事をしたり。
そのうちロウソクを点けることを思い立ち、夕食はロウソクを
点けて食事をしました。

子供はフーッとロウソクを消すのが好きなので、どんどん消したがります。
そこで「おもしろいことを言ったらロウソクを消してもいい」という
ルールを作ったら結構盛り上がりました。

ロウソクを手刀で消す方法や何かをかぶせて消す方法なども
教えましたが、わかっていないでしょう。

そしてガスは大丈夫だったので、人生で初めてガスを使って鍋で
ご飯を炊きました。15分煮て、15分むらす。これだけですね。
自画自賛ですが意外においしく炊くことができました。

## 子供には適度に相手をする

私の子供の扱いは「適度に相手をする」ということです。
かわいがりもせず、かといって放置もせず、子供の話をふーんと
受け流したり、たまには真剣に聞いてやったりです。

あとは甥と姪のけんかには不介入です。ケガでもすれば
別ですが、それ以外は両者で和解してもらっています。

「適度に相手をする」というのは自分が疲れ切らないためにも
必要かと思います。

## 成長についての考え方

私は甥姪がかわいい、というより、「この二人が真人間に育つように
しなければならない」という気持ちの方が強いです。単純にかわい
がれません。

その割にお菓子を選ばせて買ってやったりとか甘いところもあります。
ただ子供にお菓子(糖分)はある程度必要だと思うので、
しょうがないかなとも思います。

## 停電が直りました

昨日停電が直りました。これは妹が未納分を払ったのではなく、
マンション全体が関西電力からJ:COMの電気に変わったからです。

理由は何にせよ、停電がなくなったので、3人で喜んでいます。

今晩「停電がなくなった嬉しさを表現する踊り」を3人で
する予定です。

ともかく復活

## いろいろとご心配をお掛けしました。

このブログは生存確認の意味もあるので、できれば
毎日更新しようと思ったのにこのザマです。

苦しかったこの10日間。
それでもこうやって更新できるようになって、
とても嬉しいです。

## また今後も

また今後も苦しい時期が続きますが、
できれば毎日、少なくとも2,3日に1回は更新したいです。

引き続きご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

なぜ私はWindowsを使わないか(2)

## 心情的にWindowsを使わない理由の続き

まあ、GNU/Linuxにも問題はありますが、そういうわけで、Unix
ワークステーションというのは憧れで、それが今はパソコンで動くわけです。

ですから1990年当時の憧れが、今は目の前にあり、
もっときれいになって、機能も豊富になって、
日々独占して使えるわけです。

この嬉しさを何と表現したらよいかわかりません。
この感覚がわかる人はそれほど多くないかもしれないので、
伝えることもできません。

OSとしてはWindowsが安定したので、GNU/Linuxがいいよ、
と勧めるほどのこともありません。
ただただこの環境がなくなって欲しくないなと思います。

## 憧れのスーパーユーザ

そして! Unixには管理者であるスーパーユーザと普通のユーザでは、
厳然たる区別があります。

昔はスーパーユーザにはなかなかならせてもらえませんでした。
確かにUnixのスーパーユーザは全てのことができるので、
Unixを良く知らないで操作すると危険です。

だからいつかはroot(スーパーユーザ)になるのが夢でした。
でも今はrootに簡単になれます。夢が実現しました。

Windowsでは管理者権限を持っていないと不便でしょうがないですよね。
今のUnixでもそういうところが多くなっていますが、
通常は普通のユーザで作業をすることができます。
自分で作ったファイル以外を壊すことはあまりできないので、
多少のミスはOSがカバーしてくれます。

Windowsでは管理者権限を常用するので、その危険は常にあります。

## まとめ

+ GNU/Linuxを日々使えるのは憧れで、現在はそれが実現した嬉しさがある
+ 憧れのスーパーユーザになれる
+ なんとも言えない信頼感がある。たとえば通常ユーザで作業していればシステムを壊すことがほとんどありません。

以上心情編でした。続いて技術編です。

私の考える不条理とは

私の考える不条理とは「不合理」とか「迷惑」といった意味ではありません。

むしろ「無関係」「無慈悲」といった意味です。

つまりこの世界というものは勝手にいろんなことが起こるし、実際無慈悲なもんです。

だけどその無慈悲に対抗しようとして規則を見つけ、組織を作り、人間は社会構造を作ってきました。

これが当たり前になって、社会構造の中で「不条理」といえば、「不合理」「迷惑」「不利益」などの自分に対して損だというイメージがあります。

でも根源的に宇宙とは不条理なものです。確かに宇宙飛行ができるようになりました。まあニュートンの運動の法則その他を利用したのだと思います。

でも、宇宙は人間の作った科学を理解して、運動しているわけではありません。宇宙は数式を読めないですしね。

科学はあくまでも自然環境や社会環境を理解するために人間が作ったモデルです。現実そのものではありません。

じゃあどうすべきなのか

つまり科学や社会で不条理なことが起こっても我慢すべきなのか。

私はそうは思いません。科学や社会を進歩させるべきです。

ただ根本的に宇宙は人知の及ばない不条理なところであって、個人の幸福や運動の法則など、宇宙から見れば知ったこっちゃない。そう思います。

なぜ私はWindowsを使わないか(1)

いきなり大きなテーマを出してしまいました。
私は実はWindowsプログラミングをしていた時間の方が長いです。
Unixは好きですが、Unixのプログラムを作ったことはありません。
(ここでいうプログラムはCかC++を指します。)

Windowsは確かに不安定な時期もありました。
しかし、Windows95は画期的なオペレーティングシステムですし、
Windows2000もすばらしい。Windows7は最高傑作とも言えます。
Windows8以降はほとんど使っていないので、なんですが、
Windows8はちょっと失敗(リリースを急いだ)、Windows8.1はさすが
マイクロソフト、ちゃんと使えるように戻してきました。
頑健なオペレーティングシステムになっているように思います。

Windows8のメトロインタフェースがいろいろ話題になっているようですが、
私はマイクロソフトがそういうものを出してこないと進歩しないと
思っているので批判する気にはなれません。

まあ、Windowsのプログラミングは難しかったので、愛憎半ばする
ところがあります。いろいろ葛藤した結果、
現在はGNU/Linux(Funtoo Linux)というものを使っております。

理由としては

– 心情的なもの
– 技術的なもの

に別れます。

## 心情的にWindowsを使わない理由

これは昔大学でコンピュータを習ったときにUnixワークステーション
というものを使いました。入社直後も同じ環境でした。

つまり私はUnix(とMS-DOSとMacintosh)に育てられたわけで、
Unixには憧れと愛着があります。Unixは個人では手に入らないもの、
学校や会社にあるもの、という意識でした。

それが今ではパソコンでUnixが動作します。LinuxはUnixではないのですが、
POSIX互換(Unixの共通規格みたいなもの)なので、
Unixライクなオペレーティングシステムと言えます。

Linuxとだけ言うとOSの中心部分、カーネルを指します。
Linuxが安定している、というのはカーネルがしっかりしている
ということです。でもGNU/Linux、個々のアプリケーションについては
意外と不具合があるということです。Windowsでは許されないことも、
GNU/Linuxでは許容されるということです。

続きます。

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