## アルバイトの集合場所で

やっぱりワタナベ姓は多いものです。アルバイトの集合場所で
私ではない、若いワタナベさんがまだ来ていなかったのです。

そこである人が事務所に電話で連絡したのですが、事務所では
ワタナベが二人いるので、どちらが来ているのか確認したようです。

そしてその人は「(来ているのは)年配の方です」って答えてました。

地味に大ショック。若いワタナベさんと並んでいて、
「年配の方」と言われるならしょうがないです。
でも一人だけなのに突然「年配」って言われるなんて。

そこは「私より年上の人です」みたいな表現をしてほしかった
ですね。まだ若いつもりでいるんだから。

## サバ読みの失敗

ビックカメラのパソコン売り場で若い店員の女の子と雑談に
なりました。その子は東京に住んだことがあるようで、
大阪なんか嫌だから東京に戻りたいと言っていました。
熊本出身のくせに。

で、私が今住んでいる建物は古いという話になりました。
「1980年築かな。私が生まれる前なんだけどさ」とさらっと
サバを読んだのですが、「ぷっ」と笑われてしまいました。

「信じるところだった」とのこと。やっぱり10歳サバを読むのは
無理なようです。

ということは、34歳には見えないということですね。40歳なら
大丈夫かな、などと考えてしまいました。自分では気だけは若いん
ですよね。

## ハゲてきた

長らくフサフサだった髪の毛ですが、一時
抜け毛がひどかったです。最近はあまり抜けなくなりましたが、
随分と髪のボリュームが減りました。

私はハゲることに関してそれほど気にしていません。もっと抜ければ
気にするよ、という意見もあると思います。

そうかもしれません。でも
一つには鬱が軽快してきたのではないかと思うからです。
鬱の人でハゲている人は少ないように感じています。
ハゲた人で鬱の人は少ない、と言ったほうがいいかもしれません。
心療内科ではハゲた人が少ないのです。鬱が軽快するのと
引き換えにハゲるなら、ハゲたほうがいい。そう思います。

もう一つはこれからの後半生でやりたいことの中で、
ハゲが障害になる、ハゲたからできない、というものがないことです。
たとえばハゲたって、ドバイに万博を見に行けないわけでは
ありません。オープンソースに貢献するのにハゲていても支障は
ありません。ハゲたってボランティアはできます。

ということでハゲることに対してそれほど抵抗はないつもりです。
でもハゲたら「年配の方」という呼ばれかたを素直に受け入れようと
思います。

## 「教授」

アルバイトで働いている同い歳の女性から「教授」と呼ばれました。
「なんか教授っぽい」というのが理由だそうです。こんな覇気のない、
しょぼくれた教授なんかいないよ。どうせならプロフェッサーと
呼んでくれと思います。

その人は奈美悦子に似ているので、対抗して「えっちゃん」と
呼んでいるのですが、本人は気付いているのかどうか。

で、どこに教授らしさがあるのかしら、などと思いながら、
はっと気付いたのが、このブログでコンピュータサイエンスの
講義を立案していることでした。えっちゃんがそのことを
知る由もないのですが、
自分で教授になりきったことをしているので苦笑してしまいました。

まあ教授に見えるなら若く見えるわけはないわね。

## ガンジーでも助走つけて殴るレベル

という表現が流行って? いるようです(たぶん2ちゃんねる
だけでの流行)。

私が好きなガンジーの名言は

> 明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい。

です。さすがマハトマ。この2文の組み合わせが実にいい。
とくに「永遠に生きると思って学びなさい」はなかなか言える
言葉ではありません。

「教授」としては是非学生に紹介したい名言であります。

まあマハトマは弁護士でもあるそうで、その点では多少割り引く
必要があるのかもしれません。相反することを言うのは人の心に
訴えかけやすいところがあります。

占い師の常套手段に「あなたは人付き合いがよいけれども、心の
中では孤独を追い求めている」とか、「あなたは外見にコンプレックスが
あるようだけれども、
内面には美しいものがある」などというものがあります。
そうすると聞いた人は「当っている」と思ってくれるそうです。
両天秤というかアービトラージというか矛盾というか。

> 理性は合理を求め、本能は矛盾を求める

というのは今作りましたが、名言としては60点くらいですね。

それはそれとして、「本能が矛盾を求める」としたらそれは
このブログにふさわしく不条理であり、私が愛するものであります。